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HAYATO1が出来上がるまで④(ダンス甲子園編)

おはようございます。

今日は高校時代、かつ縦系のbboyスタイルから、今の原型となるフリーズベースのスタイルになるきっかけ的な話をメインにしていきます。と思っていたんですが、それを話すにはダンス甲子園に出たときの話が必要になるのでこちらの話から。

少しだけ思い出話、お付き合いください。

僕はバトルでゴリゴリのラビットを使っていたのは確か高校3年生の中盤くらいまででした。

いきなりゴロっとダンススタイルを変えるほど器用ではなかったので、縦系しかできない状態からトップロックやフットワークを徐々に覚えていったっていう感じです。

そもそもスタイルチェンジをしようと思った理由は、縦系ではバトルに勝ちづらいってのが本音ではありましたが、その頃アメリカのbboyに強いインスピレーションを受け始めていたのでトップロックやフットワークのかっこよさに気付き始めたってのもありました。

そんなこんなで、徐々にではあるものの、スタイルを身につけていきました。

そしてあるイベントを堺に、縦系bboyとしてはもう卒業しようと決意します。

それが24時間テレビダンス甲子園です。

高3の頃に出場したので2010年のTOKIOさんがメインMC?的な年の24時間テレビです。

僕らはb-soul cratzっていう鹿児島の同い年bboyでチームを組んで出場しました。

始めは九州予選から。

福岡まで行ってオーディションを受けに行きました。

僕らはスタイル系、パワースタイル系、パワームーバー、縦系っといった、それぞれ4人がそれぞれの得意分野をもっていたので、それを存分に使ったショーケースでオーディションに臨みました。

すると、なんとオーディションのパフォーマンスが終わった直後、審査員の方から、

「本戦行きましょ」

って一発合格をもらいました笑

死ぬほど喜んだのを覚えています。

そっから全国の地区予選を勝ち抜いたチームが東京へ集まって、第2予選進出っていう流れでした。

第2予選は東京の日本テレビで。

TOKIOの国分太一さんと、テリー伊藤さんがMCで、会場の雰囲気を盛り上げてくれていたのは記憶にあります笑

からの16チームから6チームに絞って、ダンス甲子園本戦出場って感じです。

初めてのTV局は田舎もん全開でテンション上がってたのを思い出します。笑

で、本戦の結果は後日通知ということで鹿児島へ帰ります。

時間になりました。

明日へ続く。。。